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窓とウィンドトリートメント  [断熱・採光・通風]

光を入れるためにはガラスがいいできるだけ透明がいい
・・・でも外から丸見えはいや

寒い冬には日差しをいっぱいに入れて部屋を陽だまりにしたい
・・・・夏場はどうすんねん!

外の景色を取り込みたいから開放感を出すためにガラスは透明!!!
・・・・だからそれじゃ丸見えだって!!!

窓際は寒いから冷気が入ってこないようにふさぎたい
・・・・暗いし、日差しが入った時のほうがあったかいって。

夜、丸見えになるのはいや
・・・でも雨戸の開けたては面倒



窓は住宅の中で、ドラマチックで心躍る場所でもあり、
暮らしに役立つものも、歓迎できないものもたくさん入ってきます。
ですから、ある問題を解決しようとするとその結果必ずデメリットが生じます。


そこで、出番です!!!ウィンドトリートメント!!!
いわゆるカーテンブラインドスクリーンなどなどです。

ウインドトリートメントの一番のメリットは設備やサッシなどと違い
比較的簡単に取り外せることだと私は思っています。

昼と夜 夏と冬 などシーンごとに異なった機能を持たせたいときには
この『取り替えられる』という特徴は非常にありがたいです。

ただし・・・このウィンドトリートメントもスタイルによって得意・不得意があるので
自分のほしい機能をすべて織り込みたいということになると、組合せに非常に悩みます。
私も悩みに悩んで・・・・・迷走中です。

その経過を書いていきます。
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東京スカイツリーと東京大空襲  その3 [その他]

火の手がおさまり、祖母と子供達そして祖父は再び会うことができました。

家族全員が一緒にあの空襲を生き延びられたことは奇跡だと祖母は言っていました。
祖父は子供たちの顔に手ぬぐいを下げて前が見え無ようにしました。
子供たちは大八車につかまって下を向いて祖父たちについて行ったそうです。

母は気になって手ぬぐいの隙間から少し周りを見てみたそうです。
するとそこには黒こげになった人らしきものが倒れていたということでした。

タンパク質が焦げるにおいの中を、母たちはとにかく歩きました。

祖父の姉が住んでいる鵠沼まで、逃げて行ったのです。

母には弟がいて当時小学校一年生くらいだったということです。
その子はこのあと数日のあいだ、夜寝ているときにうなされて飛び起きたそうです。

『母ちゃん言うこと聞くから俺もつれてって!』

寝言でそう叫んでいたそうです。
よほど怖かったのでしょう。
叔父は四人兄弟の末っ子でやっと授かった男の子でした。
なのでかなり大切にされ、かわいがられていたのですが・・・・・
それでも、自分がおいて行かれてしまうかもしれないと思うほど、
過酷な状態だったのでしょう。

母については、空襲の後にそういったことはなかったと言います。

ただ半世紀以上たったある日のことです。

家の近所で火事がありました。
母はその日を見ながら何度も

『消防車は呼んだの?火事なの?』

と聞いていました。

夢遊病か何かのようで・・・私たち娘は
お母さんぼけちゃったのかしら。』と不安になりました。
とにかくしっかり者の母なので、非常時にこんなにぼんやりしていることは
考えられなかったのです。
母も火事の間のことはぼんやりと霧がかかったようでよく覚えていないと言っていました。


数日後、母が叔母にそのことを話したところ、叔母がこういったそうです。

『あなたそれ、空襲の時の影響じゃないの?』

おそらく、これがPTSDというものなのでしょう。
子供のころに受けた心の傷が、半世紀もたっていい加減おばあさんになった
母の心の中に潜んでいたのです。

空襲の悲惨さから心を守るために記憶を封じ込めたのだと思います。
母は、空襲の時の事を、叔母たちよりもはっきり覚えていないと言っていました。
それは、たぶん彼女が十歳だったからだけではなかったのだと思います。

この記事に書いたことは、私が母や祖母に聞いたことをあまり飾らずに書きました。
なので、ぼそぼそと切れていて読みにくいことと思います。すみません。

また、話の中には祖母がまだ生きていたころ、私が小学生の時に聞いた話もありますので
私の家族が読んだら、これは違うというかもしれません。

この数年で、叔父や叔母がなくなりその話をできる人が十年後にどのくらい残っているかわからない
と思った時に、一度何らかの形で書いておきたいと思い記事に致しました。

私の手には負えない記事ではありましたが、皆さんに何かを感じて頂けたら幸いです。


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東京スカイツリーと東京大空襲 その2

母は親戚の家に疎開をしていました。
しかし、空襲の数日前に「さびしがってあまりに泣くから。」
ということでいったん家に帰っていたところでした。
家には女学校に行っている二人の姉と弟、母の両親と六人がいました。

あと何日か疎開先にいたら、母は空襲に合わなくて済んだのです。
ただ、のちに祖母はこういっていました。

「『あの時は子の子だけを残していかずに済む。家族全員一緒に死ねる。』と思った。」

空襲のとき母たちは禁止公園に逃げました。
祖父は一人残り、祖母が子供たちを連れて公園へ避難したのです。
公園も火の海で、乾燥していたために火の粉が服につくと途端に
燃え始めたそうです。

祖母は、シーツを広げて子供たちにおしっこをさせ、
わずかな水分で服についた火の粉を振り払い、火を消したそうです。
子供のおしっこなんてすぐに乾いてしまい大した役には立たなかったでしょうが
それでも、ほかに方法がなかったそうです。

母たちの家のあたりが燃えているとき、川向うは火の手が上がっていませんでした。
周りにいた人は火の手を避けて川向うへ逃げ始めました。
祖母もどうしようかと考えたそうです。

その時一番上の叔母が
お父さんと錦糸公園で会うことになっているんだから絶対に動かないで、ここにいよう!』
と言ったそうです。
祖母は、公園にとどまることにしました。

結局この判断が一家を救うことになりました。

川向うもほどなく焼夷弾が落とされ行き場を失った人々は、川に飛び込み
おぼれて亡くなったり、人々の荷物に火が移り川の中に飛び込んだ人も焼け死んだそうです。
川向うに逃げようとした人々はほぼ全滅だったと言います。

火の中を何とか凌いで、母とその家族は空襲を生き延びたのです。
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東京スカイツリーと東京大空襲  その1 [その他]

長文になりますがぜひ最後までお付き合いください。 一人でも多くの方がこの記事を読んで、何かを感じて下さったらありがたいです。

母に
子供たちとスカイツリーに行く約束をしたから行こうう。』
と言われスカイツリーに行ってきました。

子供たちはノリノリでしたが私は
『並ぶの嫌だし、値段は高いしいやだなあでも。子供についていかなくちゃいけないし仕方ない一緒に行くか。』
と付き添っていきました。

四人で展望台に上りコンクリート色の景色を見て、並び疲れた子供にソフトクリームを食べさせて何とか復活させると・・・・

母が
『ちょっとあっちのほうの景色を見てきたいからここで待っていてくれる?』
と言いました。

私はその時ハッとしました。
自分と自分の子供のことばかり考えていて、母がここに来たいと思った
理由に気が付いてあげられなかった自分を情けなく思いました。
ただ、孫たちが喜ぶから連れて行ってあげようと思っていただけではなかったのです。

母は上の子と同じ年にこの場所で、東京大空襲にあったのです。

とりあえず子供にそこで待っているように言い聞かせ、母と一緒に外を見ました。

『あそこはこの間死んだおばちゃんの通っていた女学校だったのよ。』
『あのあたりに通っていた小学校があったはずなんだけれど。』
『空襲の時は錦糸公園に逃げたのよね。』
『あの辺がうちだったはずだわ』
すっかり変わってしまった街並みを見ながら、記憶をたどって母が話しています。

その話を聞いているうちに、私の眼下に広がる景色は、コンクリートの山から
古い木造の長屋が並ぶ街並みに代わり、火の海になりました。
ゆったりと流れる川や、美しい橋には山になった焼死体が・・・・
想像だけでもこれだけ心が痛むのにそれを目の当たりにした
子供たちのショックはどれほどのものだったでしょう。

母や祖母から、何度も空襲の話を聞き、わかっていたつもりでしたが
この足元一帯が火の海になり、大人も子供も年よりも、みんなが逃げまどい、苦しみ、死んでいったという事実を、これほどリアルに感じた事はありませんでした。

つづく・・・
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意外にも子供にウケた映画 [こどもたち]

意外ですが・・・自分が見たいなと思って借りたレンタルDVDの中に
やたらと子供にウケた映画がありました。

それがこの映画です。








小津安二郎監督といえば日本を代表する映画監督ですね。
そして、小津作品常連の笠智衆さんが出演しているということもあり
笠さん好きの私としては、久々に小津作品を見たくなり借りてきました。

ちょうど、夏休みで子供たちも家にいたので一緒に見ることにしました。

小津さんの作品は日常を丁寧に描くいたものが多く、淡々としているので
子供にはつまらないかなとあまり期待はしていませんでした。
同世代の男の子の兄弟の話だし、まあ最初の十五分くらい見ればいいかなと思っていたのですが・・・

なんと大ウケでした。

おそらく、小津作品の中のリアルな日常、友達関係、学校、近所づきあい、親と子供の関係・・・・
ことさらに刺激的な設定もなく、ひどい悪人もおらず、自分の周りにいるような人々と
同世代の男の子との関わりが、時代を超えてすっと自然に子供の心に入り込んだんだと思います。

たとえるなら、
『となりのトトロの男の子兄弟バージョンファンタジー抜き。』
といった感じの映画でした。


こどもにみせたい映画を考えるとき、どうしてもレンタルビデオやさんの
キッズコーナーにあるような映画をさがしてしまいがちですが、
本当にいい作品、こどもや人間の本質を深く掘り下げ、観察して
作られた作品であれば子供の心を打つんですね~

むしろ、子供のほうが大人よりも現実の生活や人間に対して
鋭い観察眼を持っていますから、生半可な大人の観察眼では
太刀打ちできずに嘘やごまかしを見抜かれてしまうのかもしれません。

だからこそ、こどもには本物と出会うことが大切なんだなと改めて思いました。

これは親として非常に勉強になったことですが・・
この映画を見て感じたこと・・・それは子供を見る大人達に
現代とは比べ物にならない程『余裕』があることです。

この映画の中で一番せっかちでいやなお母さんでさえ
今のお母さんに比べたらのんきで寛容かもしれません。

この映画をみて、年配の人が

『今の子供はかわいそうだ』

というわけがよくわかりました。

今の世の中で重視されがちな物の豊かさや
いわゆる教育するのにふさわしい環境といった
マニュアルにできるようなものではないもの・・・

子供を取り巻くふんわりとしたやさしい空気がそこにはあって
今のなんとなくギスギスした空気とは全く違っていました。

子供を叱りすぎて、自分の心がささくれだったら
この映画のことを思い出してみようと思います。

そして最後に・・・・
男の子って古今東西を問わず、バカみたいなことをする生き物なんですね。[もうやだ~(悲しい顔)]

子供たちや家族全員で見ると、それぞれに感じ学び
人にやさしくなれるそんな映画でした。
是非家族でそろってみてください。
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